東京地方裁判所 平成9年(ワ)17831号 判決 1998年3月31日
甲事件原告
X1
乙事件原告
X2
右両名訴訟代理人弁護士
名城潔
伊関正孝
両事件被告
株式会社東海銀行
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
今井和男
正田賢司
森原憲司
吉澤敏行
市川尚
沖隆一
大越徹
柴田征範
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告X1(以下「原告X1」という。)
被告が日本長期保証株式会社(以下「訴外会社」という。)に対する東京地方裁判所平成七年(ヨ)第三九四三号不動産仮差押事件の不動産仮差押決定(以下「本件仮差押決定」という。)に基づき平成七年八月七日別紙物件目録≪省略≫一記載の不動産(以下「本件不動産一」のようにいう。)についてした仮差押(以下「本件仮差押」という。)は許さない。
2 原告X2(以下「原告X2」という。)
被告が本件仮差押決定に基づき平成七年八月七日本件不動産二についてした本件仮差押は許さない。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (仮差押)
被告は、本件仮差押決定を得たところ、平成七年八月七日、本件不動産一及び二に対し本件仮差押の登記がされた。
2 (原告らの異議権)
原告X1は昭和六一年一一月一四日当時本件不動産一を、原告X2は同日当時本件不動産二を所有していた。
3 よって、原告らは本件仮差押の排除を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2の各事実は認める。
三 抗弁
1 異議権喪失―売買
原告X1は昭和六一年一一月一四日訴外会社に対し本件不動産一を、原告X2は同日訴外会社に対し本件不動産二を売却した。
2 異議権喪失―譲渡担保設定
(一) 訴外会社は、昭和六一年一一月一四日、原告X1に対し、次の約定で三〇〇万円を貸し付けた。
弁済方法 昭和六一年一一月一四日から同七二年七月三一日まで毎年二回、七月と一二月の末日限り、元本は金一三万五〇〇〇円を二一回にわたり分割し、最終二二回目のときは金一六万五〇〇〇円を弁済する。
(二) 原告X1は本件不動産一について、原告X2は本件不動産二について、昭和六一年一一月一四日、訴外会社に対し、(一)の貸金債権を担保するため譲渡担保権を設定した。譲渡担保は譲渡担保権者に所有権を移転するものであるから、譲渡担保設定者である原告らは所有権を喪失し、第三者異議権を有しない。
3 異議権喪失―善意の第三者
(一) 本件不動産一及び二につき、原告らから売買を原因として訴外会社に対して所有権移転登記がなされている。
(二) 被告は、本件仮差押の際、訴外会社が本件不動産一及び二の譲渡担保権者に過ぎず完全な所有権者ではないことを知らなかった。
四 抗弁に対する原告の認否及び反論
1 抗弁1の各事実は否認する。
2 同2の各事実は認め、法的主張は争う。譲渡担保権者である訴外会社は所有権の外観(登記名義)を有するにとどまり、譲渡担保設定者である原告らは第三者異議権を有している。
3 同3(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
(事実の認定については、認定に供した主な証拠を当該事実の末尾に略記する。)
一 請求原因(原告らのかつての所有と被告による本件仮差押)について
請求原因の各事実は当事者間に争いがない。
二 抗弁1(売買による所有権の喪失)について
1 本件不動産一及び二は、原告らから訴外会社に売買を原因とする所有権移転登記が経由されている(≪証拠省略≫)が、これは、原告X1の訴外会社に対する昭和六一年一一月一四日付けの三〇〇万円の貸金債務を担保するため、原告らから訴外会社に対し本件不動産一及び二について譲渡担保権が設定され、それに伴いされた登記である(≪証拠省略≫)。なお、登記原因は、訴外会社により将来の金策を得る便宜のために売買とされた(≪証拠省略≫)。
2 そうすると、売買により原告らが本件不動産一・二の所有権を喪失したとの事実は認められず、抗弁1は理由がない。
三 抗弁2(譲渡担保権設定による異議権喪失)について
1 右二のとおり、本件不動産一、二について、譲渡担保権が設定されたものである。
譲渡担保は、債権担保のために目的物件の所有権を移転するものであるが、右所有権移転の効力は債権担保の目的を達するのに必要な範囲内において認められるものであって、担保権者は、債務者が被担保債務の履行を遅滞したときに目的物件を処分する権能を取得し、この権能に基づいて目的物件を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめ又は第三者に売却することによって換価処分し、優先的に被担保債務の弁済に充てることができるにとどまる(最高裁昭和五七年一月二二日第二小法廷判決・民集三六巻一号九二頁等参照)。そうすると、譲渡担保権者が目的物件を処分する権能を取得しているならば、譲渡担保権者から目的物件を譲り受けた者は目的物件の所有権を確定的に取得し、債務者は目的物件を受け戻すことができなくなる(最高裁平成六年二月二二日第三小法廷判決・民集四八巻二号四一四頁参照)が、逆に、譲渡担保権者が目的物件を処分する権能を取得する以前においては、譲渡担保権者が目的物件を譲渡したとしてもなお、譲渡担保設定者は被担保債権を弁済して目的物件を受け戻すことができると解される余地があるというべきである。
2 これを本件について見ると、本件仮差押は、抗弁2(一)の貸金債権の弁済期である平成九年七月三一日以前の平成七年八月七日に行われたものである。したがって、本件仮差押がなされた時点で右貸金債権の履行遅滞は発生しておらず、譲渡担保権者である訴外会社は、担保目的物である本件不動産一及び二についての処分権能を取得していなかったといえる。なお、本件仮差押後に本件譲渡担保権の被担保債権の弁済期が経過した(原告らは、平成七年一二月末日以降の支払分の支払いを怠ったため、期限の利益を喪失した。≪証拠省略≫)が、これにより右結論が左右されるものではないというべきである。
したがって、訴外会社の譲渡担保権が付された本件不動産一・二について被告がした本件仮差押は、原告の第三者異議の対抗を受けると解される。
四 抗弁3(善意の第三者に対する異議権喪失)について
1 原告らの認識
原告らは、譲渡担保権を設定し所有権移転登記をしたのである。そして、登記原因は譲渡担保ではなく、売買とされ、その状態が設定時(昭和六一年)から被告による本件仮差押時(平成七年)まで約九年継続されたのであり、固定資産税の支払請求が訴外会社に対してなされ、訴外会社がまずこれを支払ってから原告らに求償するような処理がされていた(≪証拠省略≫)。したがって、原告らは、本件不動産一・二が訴外会社所有のものであるとの外観を呈していたことを知っていたというべきである。
2 被告の認識
(一) 他方、右の登記を見て、被告は本件仮差押の際、訴外会社が本件不動産一及び二の所有権者であると考えて本件仮差押をしたと推認される。
(二) これに対し原告は、訴外会社が被告に対して≪証拠省略≫を交付し両者の差異を説明したことにより、被告は本件不動産一及び二が訴外会社の所有物件でなく譲渡担保権設定を受けた物件であると知っていたと主張する。
しかし、≪証拠省略≫は訴外会社の所有不動産明細書であり、≪証拠省略≫は見出しがないが訴外会社の棚卸資産あるいは固定資産としての不動産の一覧表であり、いずれの表も一見して譲渡担保で取得している物件とそうでない物件とを区別しているものではない。また、物件数が多いので、本件不動産一・二が両表で異なった扱いがされていること(本件不動産は≪証拠省略≫には記載されているが、≪証拠省略≫には記載されていない。)が自づと判明するわけでもない。また、≪証拠省略≫にだけ記載されている物件(譲渡担保の物件)について訴外会社が被告に対して譲渡担保として預かっているとの説明せずにこれを被告に対して担保設定をして、競売されたこともある(≪証拠省略≫)。さらに、右の≪証拠省略≫が被告に交付されたのは、平成四年のことであり(≪証拠省略≫)、本件仮差押の三年前のことである。さらに、被告が訴外会社に≪証拠省略≫の不動産一覧表の提出を求めたのは、訴外会社の業況を調査するためであった(≪証拠省略≫)。他方、被告が訴外会社に≪証拠省略≫の簿価一覧表の提出を求めたのは、当局の検査に備えて訴外会社の現有固定資産及び棚卸資産を把握し訴外会社の決算内容を確認するためであった(≪証拠省略≫)。
以上の事実を総合すると、被告は、本件不動産一・二が譲渡担保の目的で訴外会社の名義になっているにとどまり、未だ訴外会社がこれにつき処分権を取得していないことは知らなかったというべきである。仮に、訴外会社のBが被告に≪証拠省略≫と≪証拠省略≫とを提供するときに、「≪証拠省略≫に載っていて≪証拠省略≫に載っていない物件は訴外会社が譲渡担保として名義変更を受けたものであって訴外会社が真に所有しているものでない」旨の説明をした(≪証拠省略≫)としても、そのことだけで、被告が本件不動産一及び二について仮差押をするに当たってそれが訴外会社が譲渡担保権設定を受けただけの物件で未だ訴外会社の処分対象とならないと認識していたということはできない。そして、他に被告が処分対象とならないことを知らなかったとの事実を覆すに足りる証拠はない。そこで、被告は民法九四条二項の類推適用により保護され、原告は第三者異議の訴えにより本件仮差押を排除することはできない。
五 結論
以上によれば、本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条・六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡光民雄)